2021年5月28日

楽曲解説 『井戸水』 第3話 - 伝来

さて今回は、全面的に「雅楽」のお話である。
 「うーん雅楽ねえ、あんまり興味ないんだけど。」
という方々もいらっしゃるだろうが、ここは学園であり知見を広める場でもあるので、ぜひご一読を頂ければと思う。

日常的に耳にする機会はさほどないが、神式の冠婚葬祭や映像作品のBGMなどでお馴染みの雅楽。
だが多くの日本人はその正体を詳しくは知らない。近いようで遠い、不思議な立ち位置ゆえ、実は勘違いされている面もある。

先ずはその発祥である。一般的には、雅楽イコール和風、というイメージで捉えられているが、実は東南アジア諸国が起源だといわれている。そこから中国、朝鮮を経て日本へと渡ってきたという説が主流である。 その後は、古来から伝わる歌や舞と融合し練り上げられ、日本独自の高度な芸術へと進化を遂げた。10世紀頃には、現代に伝わる形が完成されたとされる。

このため、よく聴いてみれば、その出自と思われる片鱗が垣間見られる。
雅楽の編成は、西洋のオーケストラと同様、管楽器・弦楽器・打楽器から成る。 管楽器には三種類の楽器があるが、極端な話、この三つが揃うだけで、歴とした雅楽の演奏が成立する。実際、葬儀の場などスペースの都合で全ての楽器がセットできない場合は、管楽器のみの演奏となるのだ。
弦楽器は主に装飾的に用いられ、細かい旋律や分散和音により、日本的で雅な情緒を醸し出す役割を担っている。

これに対し、メインの管楽器では基本的にあまり激しい音程変化は現れない。ほぼ同じような音程が何小節も続くことが多く、ここが他の和楽とは一線を画している点なのだが、実は東南アジア方面の伝統音楽にも同様の構成がみられる。私はこれらのサウンドから力強い魂の叫びのようなものを感じるのだ。同種の感動を得ることができる日本の雅楽と東南アジアの伝統音楽、そこには共通のルーツが偲ばれる。

また、もう一つのありがちな誤解についても言及しておきたい。
現代の雅楽は、神事での演奏を耳にすることが多いため、神道専用の音楽だと思われがちなのだが、実はそういうわけでもない。そもそも雅楽は仏教文化の伝来と共に伝わったとされており、主に仏教の儀式で奏されていたのだ。
雅楽の起源とされる当時の東南アジアには敬虔な仏教国が多く、経由地の中国や朝鮮もまた仏教が盛んな国であった。やはり仏式の音楽であると考える方が自然だろう。日本に伝わった仏教は、神仏習合という思想のもとに日本古来の神道と交ざり合い、その結果、神道にも雅楽が持ち込まれたという順番が妥当ではないだろうか。

やがて明治の神仏分離政策により、雅楽は神道へと引き取られていった形になっているが、現代でも、聖徳太子が建立した四天王寺をはじめ、雅楽が演奏される仏教寺院はいくつか存在する。


さてここまで、雅楽のあまり知られていないであろう由来や側面を紹介してきたが、これらは諸説ある中の一部、または個人の見解に過ぎない。遠い昔の出来事ゆえ、憶測と謎に包まれているのだ。だがひとつ明確に言えるのは、とても宗教色が濃い音楽であるということである。私にとって雅楽とは、神秘、霊妙、冥想的といった雰囲気を感じさせる不思議な音楽なのだ。

尚、かなり話が壮大になってきているが本稿は、『井戸水』の楽曲解説の一部である。念のため。
次回からは、本歌曲と雅楽にはどのような関わりがあるのか、そして雅楽器の仕組みや奏法についてもお話していきたい。

つづく


次回更新予定日は、6月25日(金)