2020年1月31日

楽曲解説 『清水寺』 第3話 - 編曲

第2話は、楽曲制作に関してかなり踏み込んだ内容になった。未知の世界に迷い込んだように感じた方もいらっしゃるかと思う。だが、ここは学園催。そう、学校なのである。部活動ではあるが、文化部ということで、頭の体操と捉えていただければ幸いである。

さて、清水寺の制作に話を戻そう。

教科書的なテクノの作り方に則り、ベースやドラムのハイハットは裏打ちを強調するフレーズにするなどして、打ち込みは完了した。だが、その打ち込んだ先とは、YAMAHAのシーケンサQY300である。無論私はこのヤマハQY300が大好きである。最高のマシンだと確信している。現在でも、私の音楽制作に於ける中心的なツールとして活用している。とても操作がし易く、機能性は世界一だと思う。だが、かなり昔に生産・サポートは終了しており、今となっては、知る人もあまりいない骨董品的なマシンとなってしまった。音色に関しても、はっきり言ってテクノとは程遠い。快適な操作性は裏腹に、サウンドに難ありなので、工夫が必要となる。

まず、伴奏楽器の音色だが、このシーケンサに搭載されている中で数少ない電子楽器音である square wave(矩形波)やsaw wave(鋸歯状波)などを選択 (ただし公開版では、サウンドが単一的になるのを避けるために、他の音色になっている部分もある。) そこにエフェクトをかけることで、テクノらしさが出るようにした。ドラムは、往年のテクノのドラム音源の代表とも言えるTR-909のサンプリング音を使用。
なお、一般的なテクノやトランスでは、「アルペジエータ」と呼ばれる、自動的に分散和音を演奏してくれる機能がよく用いられるものだが、残念ながらQY300にはそのような機能は付いていない。仕方なく、手作業で各和音から成るピコピコ的なフレーズを追加で打ち込みしていった。

ところで、この曲は1分43秒の所からCメロになるが、ここだけ敢えてバンド風のアレンジになっている。ドラムのスネアもバスドラムもバンド系の音色。ギターもクリーントーンで普通のコードストロークプレイ。なぜここだけアレンジを切り替えたかというと、このように相反するジャンルの対比を用いることで、テクノの部分を際立たせ、よりテクノサウンドに聴こえる仕上がりになると考えたからだ。この様式は現在も学園催の音楽形態の1つとなっており、他にも河原町、新学期、阿僧祇、修行僧といった歌曲でもこの様式で制作されている。今後もこのような形態の歌曲は登場させる予定である。

またこの清水寺では中華風の曲調になっていることから、ストリングス系の音色もリバーブを深くかけるなどして、雲南省や四川省などの壮大で霊験あらたかな雰囲気を醸し出すようにした。

このように試行錯誤しながら、ロックバンドの活動の傍ら数年かけて、自分好みのテクノサウンドを作り上げるという目標は達成できたと思う。しかし、完成したものが「学園催の曲」として日の目を見るのは、また数年先の話である。(完)


次回更新予定日は2月14日(金)

2020年1月17日

楽曲解説 『清水寺』 第2話 - 作曲

さて第1話は如何だっただろうか?結構な昔話も含まれていた。非常にマニアックだと感じた方々もいらっしゃるだろう。今後、他の歌曲も順次解説していくわけであるが、まあしかし、毎回このようなマニアックなものにはならないつもりだ。曲によっては、面白エピソードを交えたり、気楽に読めるものも掲載していくので、今後ともご愛読頂きたい。


それでは、「清水寺」制作の続きである。

楽曲のコンセプトは決定したが、実際の作曲手順は、以下のようなものであった。

まず、ヴォイスパーカッションなどで、ドラムやベース等のフレーズをラジカセにメモ録音する。シンセのパートも声で録音した。ラジカセを数台用意して、多重録音によって出来る限りの音数を記録した。メモ録フレーズがある程度まとまり、楽曲としての構成が固まってくれば、ヤマハのシーケンサ「QY300」に入力していく。

これはもちろん、非常に手間の掛かる作業工程である。メモ録などせずに、考え付いたフレーズを直接QY300に打ち込めば良いのに、と思われるかもしれない。その上、ラジカセが登場するなど、現代から考えれば想像を絶する手法だろう。

だが私は、旋律やフレーズが頭に浮かんだ、まさにその瞬間の印象や威力・鮮度を逃さぬよう、即時に記録することにこだわっている。後でその録音を聴きながら、頭の中で組立・吟味し、「よし!コレだ!」と確信してから、初めてシーケンサで打ち込み、と言う手順で進めることが多い。考え付いたフレーズは、まず耳で実際に聞ける形にしたり、楽譜に書いたりして、そのフレーズが心に納まったと感じてから、シーケンサに入力する。
私は今もこのやり方で楽曲制作を行っている。


[第3話に続く]
次回更新予定日は1月31日(金)

2020年1月3日

楽曲解説 『清水寺』 第1話 - 動機

作曲開始 1996年
Key = F#マイナー


これから数回に渡り、歌曲「清水寺」が出来た経緯についてお話しする。かなり昔の事にも言及するので、令和の時代からすれば、想像がつかないようなことも多いかもしれない。そこは温故知新・または未知への遭遇といった気持ちでご一読いただければ幸いである。

清水寺の作曲を開始した頃、1996年~98年の音楽シーンでは、ヒット曲と並行する形で、日本でもテクノやトランス等のジャンルが盛んになっていた。様々なダンス系のオムニバスアルバムも多くリリースされ、華やかに時代を彩った。私もその盛り上がり具合は好きではあったが、単に流行りに乗っただけの作品も多かった。それらはダンスフロア等で流れる分には最適だったかもしれないが、私は、じっくりと聴き込めるようなダンス系サウンドを求めていた。

しかし、探せど見付からない。
無いものは自分で作るしかない。
そこで、「自室で集中して世界観に浸れる」ことに特化したダンス楽曲の制作を始めることとなった。

その当時、私は普通の4人組ロックバンドで活動していた。
「清水寺」はお聴きの通り、打込系・四つ打ちタイプなので当然、ロックバンドで演奏出来るタイプのものでは無かった。せっかく作ってもそのバンドでは演奏されることはない。しかし、テクノを作りたい!と言う情熱は抑えられず、今思えば、まだテクノを作れるような環境が整っていない状況から作曲を開始した。
コンセプトとしては、通常は西洋的な要素を持つダンス曲に、東洋風の旋律を基礎とし、歌詞も漢字の音を主体としたものを取り入れると面白いのではなかろうか、と思い立ち、そこからスタートした。


[第2話につづく]
 次回更新予定日は、2020年1月17日(金)