2021年10月26日

楽曲解説 『修行僧』 第3話 - 執着

さて、今回は曲名に関するお話である。
「修行僧」というからには仏教がテーマの曲かと思いきや、実は「ミニマリスト」の世界について語っている。ただ、この曲の作曲当時にはまだ、ミニマリストという言葉はあまり一般的ではなかった。私がこの言葉を知ったきっかけは、私自身がミニマリストに近い生活を経験したことだったのだ。

その頃、自宅の改築のために、少し離れた場所で三ヶ月ほど仮住まいをすることとなった。それほど長期間ではなかったので、生活に必要な最小限の物だけを持っていくことにした。実はそれまでの私は、物を持つのが好きな性分だった。コレクターというほどではないが、インテリアに凝っていて、フロアランプや絵画、オブジェ、もっと以前には洋風の人形なども部屋に飾っていた。また日用品や食器なども各種揃えており、その日の気分により使い分ける、といったこともしていた。

そんな私だったが、引越の労力を省くために、今回はそれら全てを倉庫にしまい、仮住まいには持っていかないことに決めたのだ。だが次第に、自分の楽しみや趣味を自ら封印してしまうのか?という空虚感や、部屋があまりにも殺風景になる寂しさに耐えられるだろうか?という不安が襲ってきた。

ところが、実際にこの最小限の生活が始まると、意外にも何ともなかったのだ。それどころか、その身軽さに爽快感をおぼえる程だった。インテリアのない部屋にも寂しさは感じず、むしろ作業に集中し易くなった。物に囲まれてない方が心が豊かになるという、逆説的な感覚だ。今までの自分が、いかに必要でない物を数多く持っていたのかを気付かされた。豊かさとは何か、ということを改めて考えさせられた出来事であった。

そうすると、自分の他にも同じような体験をした人が居るのかが気になり始めた。実際にネットや書籍等を調べると、簡潔な生活スタイルを志し、徹底してる人々が大勢存在していることが分かった。
彼らの中には、元から整頓を美学とし完璧主義を貫く根っからのミニマリストもいたが、大半はかつては片付けられない、または大きな物欲を抱いていた人達だった。そういう性分を正す為にミニマル生活の道を選び、見事な生まれ変わりを果たす、という経緯を辿っていたのだ。

物を減らすということは、執着を減らすということだ。それによって無益な欲望が減り、軽やかに生きられるようになる。まさに修行僧の目指す境地ではないか!
私はそれまで、執着を取り去るためには、瞑想など特別な修行を特別な場所でしなくてはいけないと思っていた。勿論それも一つの手段に違いないが、ありふれた日常の「物を整理する」という行為からも、性格や思考癖を改善できるのだと気付いた。世の中には、一見無関係と思える物事に解決の糸口があるものだ。それを再度認識させられた。


一方、私自身の変化はどうであっただろうか。かつてはガチガチの体育会系の環境で生きて来たので、上下関係に対する強い拘りを持っていたのだが、仮住まいが始まって以来、その意識は変わったように思える。他者への対応も以前より温和になったと感じた。ちっぴにも、以前より優しく接していけるようになったと思う。もちろん元から優しく接していたが、更に優しくなれたと思う。いずれにしても、物の少ない生活からは様々な心理効果が得られるということを実感できた。
そしてこの体験を楽曲で表現しようと、『修行僧』の制作が始まったのだった。

結局、仮住まいが終わり自宅に戻ってからも、必需品以外の倉庫の物を部屋に戻すことはほとんどなかった。
これを機に実用性のないインテリアや不用品を処分し、かなりスッキリした生活スタイルに改善した。装飾品は心の豊かさに繋がるが、やはり掃除が大変でもある。物によっては複雑な形状をしており、掃除だけでも一日仕事になったりする。折角の癒し効果も、掃除のストレスが上回ったり、本業にかける時間が削られたりするようでは帳消しになる。掃除の手間を厭わず楽しくできるという人でなければ、インテリアを持つ資格がない、と考えることにした。

とはいえ私は、完全なミニマリストになった訳ではない。そもそも私の場合、それは難しい話である。なぜなら室内には、楽曲制作のための楽器やエフェクター、スピーカーその他の多くの機材が置かれ、ケーブル類の配線も無数に張り巡らされているからだ。音楽を作る活動自体が、物のない生活とは対極に位置する。なのでミニマル完全主義は断念したのだった。
私が減らすべき物とは「ストレスの要因」や「本業を邪魔するもの」であって、そうでないものを無理に減らす必要はない、という結論に至った。

物が多過ぎてそちらに意識と手間が取られるようではいけないが、無理してあまりにも物を少なくしても、却って生活し辛くストレスに感じてしまうなら本末転倒だ。何事も中庸を保つことが理想である。
物に執着することなく身軽に生き、今あるものに有難みを感じる。これこそ精神修行の在り方だ。『修行僧』とは、そんな思いを込めた曲である。
つづく

次回更新日は11月26日(金)