2021年3月26日

楽曲解説『井戸水』第1話 -解離

作曲開始 2003年
Key=G♭マイナー

『キュートで ポップ、ほんのり ダーク』
これは、あるリスナーさんによる本学園の世界観の描写である。
私自身が想い描いたイメージが的確に言語化されており、とても気に入っている。実際のところ学園催の歌曲は、ほぼ全てがこの一節に沿った仕上がりになっているのだ。

ところが、このイメージから著しくかけ離れた曲が一つ存在する。
それが今回解説する歌曲、『井戸水』である。


一聴すれば、この異質さがお分かりいただけるだろう。かなりイレギュラーだ。
だがメロディそのものには、実は結構キャッチーな部分もある。また、日本古来の音階で構成されているので、わらべ歌のような親しみやすさもある。
しかし曲調に関しては、ポップやキャッチーなどといった要素はかけらもない。異様そのものである。

なぜここまで、メロディと曲調が解離してしまったのだろうか?
実は作曲当初は、曲調もポップなイメージで作り始めていたのだ。歌曲『放課後』のようなトランスのビートを基調とし、その上に和風のメロディーを乗せていく予定だった。

一口に「トランス」と言っても、そこから更にジャンルは細分化される。中でも私が好きなのは、「プログレッシブトランス」である。特徴としては、トランス曲で多用される派手で毳毳しい音色はあまり使われず、基本的に無機質な音色とミニマルな効果音から成る。ダンスミュージックに特化せず、部屋でじっくり聴き込むという要素も持ち合わせている。
私の初期の構想としては、プログレッシブトランスのクールさを基調とし、和風情緒を取り入れつつポップなサウンドにまとめ上げるというものだった。
ところが完成してみれば、お聴きの通り。当初の計画とは全く違う仕上りになっているではないか!
一体何が起こったのだろうか。

その背景として、本曲をを制作していた頃の音楽シーンがあった。
コンピューターを使った音楽制作が一般に普及してきた時期で、インディーズアーティストが活躍できる場である音楽配信サイトの黎明期でもあった。
その中でも、日本最大の規模を誇ったmuzieという名のサイト(現BigUp!の前身)では、特にトランスミュージックが大盛況だったのだ。初心者でもとりあえずトランスを作って投稿すれば再生数が稼げ、ランクインするという事が頻繁に起こっていた。それらの曲中で奏でられるシンセサイザーを駆使した煌びやかな音色は私の心を掴み、この華やかなジャンルが盛り上がりをみせていることに相当ワクワクしたものである。自分も和風ポップなトランス曲を発表して、このブームに参加するぜ!と意気揚々としていた。

しかし、ランキングに並ぶ数々の作品をじっくり聴いているうちに見えてきたのは、これらはサウンドこそ派手ではあるものの、楽曲の構成としては凡庸であったり、作り込みが足りていなかったりするものが多くを占めているということだった。似たような曲がひしめき合っているこの状況に苛立ちすら覚えた。同時に私が抱いたのは、もしこのままの計画に沿って聴き易いポップなトランス曲を発表したところで、有象無象な曲たちの渦の一部になってしまうのではないか、という危惧であった。

ならばいっそ曲調を一変させて、おそるべき異次元的なサウンドを創り出し、このありきたりな流れに一石を投じてみるのはどうだろうか?というような考えをを巡らせ始めた。
そう、この時から、歌曲『井戸水』は異界に入ることとなったのである。

つづく

次回更新予定日は4月30日(金)